クローズアップ

球速は変わらないまま、投球の組み立てだけが進化した

菊池雄星のMLBアーセナル変遷

菊池雄星(きくち・ゆうせい)がMLBで投げた8年間を振り返ると、まず目を引くのは、直球の球速が渡米2年目以降ほとんど変わっていないという事実だ。年度ごとに平均球速を並べても、数字はおおむね同じ帯のなかに収まり、目に見える加速も減速も基本的にはない。それでもこの投手の防御率とは、新人年から年を追うごとに改善されてきた。スピードガンの数字だけを追っていると、この変化は永遠に見えてこない。

変わったのは球速ではない。平均的な回転数の持ち球を時間をかけて組み替え、それを年々入れ替えながらも、ボールを離す位置だけはほとんど動かさずにまとめ上げてきた。本稿はその一点、つまり「球速ではなく球種構成が変わった」という見方を、独自に集計したレギュラーシーズンのデータでたどっていく。対象は菊池雄星(左投げ・MLB 2019〜2026年)、所属はマリナーズ(2019〜21年)、ブルージェイズ(2022年〜2024年8月の移籍)、アストロズ(2024年8〜9月)、エンゼルス(2025〜26年)と移っている。

球速は2020年に一段上がり、そのまま高止まりした

最初に球速について触れておきたい。直球の平均球速は2019年の約149km/h(92.5マイル)から2020年に約153km/h(95.0マイル)へと一段上がり、それ以降は2026年まで約152〜154km/h(94.8〜95.5マイル)の帯に収まっている。上積みは2019年から2020年にかけての一度きりで、年々上がり続けたわけではない。

つまり球速だけを見れば、菊池のMLBキャリアには起伏がない。新人年の一段だけ上がって、あとは横ばいが続いている。このあと見ていく成績の改善は、球速の変化では説明がつかない。

球種配分は毎シーズン入れ替わり続けた

年ごとの投球割合(本人の総投球に占める各球種の割合)

フォーシームスライダーカッターカーブチェンジアップスプリットシンカー

カッターは2020〜21年の主力から2022年に激減し、2023〜25年は消える。2026年に再登場

2025年はスライダー(36.2%)が直球(34.9%)を初めて上回り、2026年はスプリットが22.2%まで加わった

投球割合は本人のその年の分類済み投球を分母とした値(分類不能球は除外)

スライダーとスイーパーの区別には自動分類の影響が含まれるため、スライダー一本の線として扱う

2026年は7登板の途中経過(4月29日に左肩の炎症で離脱)であり、各数字は暫定値

2020年は9登板(新型コロナ短縮シーズン)の小標本

データ:独自に集計・レギュラーシーズンのみ(菊池雄星)

figA上段:年ごとの投球割合(積み上げ)。直球は2020年に一段上がってからほぼ横ばいで、その平坦な数字の裏側で球種配分のほうが入れ替わり続けている。
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直球の球速は2020年に一段上がってから、ほぼ横ばい

球種別の平均球速(km/h、投球数30以上の球種・年のみ)

フォーシームスライダーカッターカーブチェンジアップスプリットシンカー

直球の平均球速は2019年の約149km/hから2020年に約153km/hへ一段上がり、以降は約152〜154km/hで高止まり

各点は投球数30以上の球種・年のみ

2026年は7登板の途中経過(4月29日に左肩の炎症で離脱)であり、各数字は暫定値

2020年は9登板(新型コロナ短縮シーズン)の小標本

データ:独自に集計・レギュラーシーズンのみ(菊池雄星)

figA下段:球種別の平均球速(km/h)。直球は2020年に一段上がってからほぼ横ばいで、その平坦な数字の裏側で球種配分のほうが入れ替わり続けている。
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なお2026年は7登板にとどまっている。菊池は4月29日の登板(3回表の投球練習中)に左肩の炎症で早期降板し、翌30日にさかのぼって15日間の故障者リスト(IL)に入った。現在も復帰時期は未定のままであり、2026年の数字はシーズン序盤の単なる途中経過ではなく、故障によって中断されるまでの記録として読んでほしい。直球の投球数も192とまだ少ない。

球種配分は入れ替わり続けた

平坦な球速の裏側で、毎シーズン大きく入れ替わっていたのが球種配分である。

カッターは2020年に40.0%(318球)まで使われ、2021年も32.1%(822球)と主力だったが、2022年には5.4%(99球)まで減り、2023年から2025年は投げていない。それが2026年に11.5%(65球)で再び投じられた。スライダーは2025年に36.2%(1,121球)まで増え、同年の直球の34.9%(1,081球)をわずかに上回った。スライダーが直球を上回ったのは、このシーズンが初めてである。そして2026年には、それ以前のどの年にも投げていなかったスプリットが22.2%(567球中126球・平均約140km/h/86.7マイル)まで一気に加わった。

ここで一点、解釈に慎重を要する。2026年のスプリットは新しく投げ始めたばかりの球であり、定着した持ち球と断定するには時期尚早である。前述のとおり7登板で中断しているという標本の小ささを考えれば、現段階の数字はあくまで暫定値だ。

同じ球種でも、動き方が変わった

変わったのは球種の取捨だけではない。同じ球種そのものの動きも、年を追って変わっている。最も分かりやすいのがカーブだ。

(重力の影響を除いた、ボールが浮く=+/落ちる=−の量。単位はcmで、右投手基準にそろえた値)で見ると、2019年のカーブは−36.1cmであり、ほぼ真下へ大きく割れる球だった。それが2023年には−9.4cmまで平たくなり、2024年から2026年は−11.9〜−23.9cmに収まっている。比べる相手(2015〜2026年に全投手が投げたカーブを集めた中央の集まり・約57万球)のなかに置くと、2019年のカーブは落差が大きいほう、2025年のカーブはかなり平たいほうに位置する。正確な数値は図に譲る。

同じ球種でも、動き方が変わった

変化量マップ:球種×シーズンを1点で(投球数30以上)

フォーシームスライダーカーブチェンジアップカッタースプリットシンカー2015〜2026年・全投手プールの中央8割(球種ごと)

縦変化量は重力の影響を除いた、ボールが浮く(+)/落ちる(−)量。低い数字ほど大きな落差を表す

カーブが2020〜22年に「消え」、2023年以降に「戻った」ように見えるのは自動分類の揺れによるもの

2026年のカーブは50球・スプリットは126球と少なく、暫定値

各点は投球数30以上の球種・年のみ

データ:独自に集計・レギュラーシーズンのみ(菊池雄星)

figB:変化量マップ。横軸が横へ滑る量、縦軸が縦変化量(ともに右投手基準にそろえた値・cm)。破線が比べる相手の中央8割で、印が大きいほど新しい年。カーブ(緑)は2019年の大きな落差から、年を追って上のほう(平たい側)へ移っている。
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もう一点。カーブが2020年から2022年に「消え」、2023年以降に「戻った」ように見えるのは自動分類の揺れによるものであり、実際に投げるのをやめて再開したわけではない。2026年のカーブは50球と少なく、ここも暫定値として読みたい。

同じ球種の縦変化量も、年を追って変わった

球種別の縦変化量(cm、投球数30以上の球種・年のみ)

フォーシームスライダーカーブチェンジアップカッタースプリット

カーブは2019年の−36cm(ほぼ真下へ大きく割れる球)から、2023年以降は平たい変化へ移った

縦変化量は重力の影響を除いた値。低い数字ほど大きな落差

2026年のカーブは50球と少なく暫定値

各点は投球数30以上の球種・年のみ

データ:独自に集計・レギュラーシーズンのみ(菊池雄星)

figC下段:球種別の縦変化量の推移(本人の平均・cm・投球数30以上)。カーブの線が、2019年の大きな落差からのちの平たい変化へと推移しているのが読み取れる。
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飛び抜けた回転数に頼っているわけではない

直球の回転数を同年の先発投手のなかに置くと、菊池はおおよそ中位あたりにいる。年によってはむしろ少ないほうに寄る年もあり、飛び抜けて回転数が多い投手ではない。正確な位置は図に譲る(同年の先発投手の直球プールは13万0,289球)。ここまで見てきた球の動きの変化は、並外れた回転数に支えられたものではない。投球を支えているのは、持ち球そのものの質というよりも、球の動かし方と組み立ての工夫だ。

飛び抜けた回転数に頼っているわけではない

回転数の、同年・同球種の先発投手のなかでの位置(パーセンタイル、50=中央)

フォーシームスライダーカーブチェンジアップカッター

直球の回転数は同年の先発投手のなかでおおよそ中位。年によってはむしろ少ないほうに寄る(2025年は19.8)

年内で比べているため、2020年のホークアイ移行や2021年6月の粘着物質取り締まりをまたいでも比較できる

生の回転数は2020年の計測切り替えと2021年の取り締まりで年またぎ比較ができないため、毎年その年の先発投手と比べた位置で示す

同年の先発投手の直球プールは13万0,289球(2025年)

2026年は7登板の途中経過(4月29日に左肩の炎症で離脱)であり、各数字は暫定値

2020年は9登板(新型コロナ短縮シーズン)の小標本

データ:独自に集計・レギュラーシーズンのみ(菊池雄星)

figC上段:回転数の先発投手内での位置(同年・同球種、50=中央)。直球はおおむね中位あたりにとどまり、飛び抜けた回転数の投手ではない。
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比べ方も補っておきたい。球種ごとに、その年の先発投手が投げた同じ球種を集め、本人の平均がそのなかでどのあたりに来るかを見ている。

回転数はあくまで変化量の大きさという水準を説明するものであって、変化量が年々変化したという事実そのものを説明するわけではない。前の節で見たカーブの変化は、回転数の高さから説明できるものではない。

これだけ組み替えても、離す位置は動かない

ここまで見てきたとおり、菊池は球種配分を入れ替え、同じ球種の動きまで変えてきた。これだけ持ち球を組み替えれば、ふつうはボールを離す位置がばらつき、球種ごとに出どころが読まれそうなものだ。

ところが実際には逆だった。(球種ごとのリリースポイントの平均位置どうしの平均的な距離・単位cm・小さいほどそろっている)を見ると、最もそろっていた2022年で5.2cm、やや散らばる2019年と2021年でも8.6〜9.9cm、2025〜26年は8.1〜8.4cmに収まる。つまり球種ごとのリリースポイントが、5〜10cmほどの範囲に収まっている。これだけ中身を入れ替えながら、ボールを離す位置だけはほとんど動かしていない。この一貫性が、打者による球種の早期判別を難しくしていると思われる。

これだけ組み替えても、離す位置は動かない

リリースポイント(cm)・エクステンション(m)・腕の角度(度)・一貫性(cm)の推移

リリースポイントの左右はそろえていない(本人の実際の腕の出どころ)

単位の異なる指標は同じ軸に重ねず、パネルを分けている

一貫性は独自指標であり、検証済みの公式指標ではない。対象に含める球種が年ごとに変わるため、その影響でも数値は動く(最下段は小さいほどそろっている=上向き)

腕の角度は2023年以降のみの計測のため、2019年の空白をまたいで線で結んで読まない

2026年は7登板の途中経過(4月29日に左肩の炎症で離脱)であり、各数字は暫定値

データ:独自に集計・レギュラーシーズンのみ(菊池雄星)

figD:上がリリースポイント(捕手から見た離す位置・左右と高さ)、中がエクステンションと腕の角度、下がリリースポイントの一貫性(数値が小さいほど球種ごとの離す位置がそろっている)。腕の角度は2023年以降のみの計測である。
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ただし、この一貫性は独自指標であり、検証済みの公式指標ではない。対象に含める球種が年ごとに変わるため(2020〜22年はカッター、2026年はスプリットを追加)、数値はその影響でも変わる。腕の角度は2023年以降のみの計測なので、2019年の空白をまたいで線で結んで読むことはしない。

成果は数字に表れている

最後に成績で確かめておきたい。

新人年(2019年)のFIPは5.71だった。FIPは守備の影響を除き、三振・四球・本塁打から防御率を推定する指標で、低いほど良い。そこから組み替えが定着して以降は、4点前後かそれ以下のFIPの年が並ぶ。良い年は2020年の3.30、2024年の3.46、2026年の3.68、対して悪い年は2019年の5.71と2022年の5.62である。防御率では2023年の3.86、2025年の3.99が良い。

成果は数字に表れている

シーズン成績の累計と、防御率・FIP(左軸)・奪三振率・四球率(右軸)の推移

防御率FIP奪三振率四球率
シーズン所属登板先発投球回防御率奪三振率四球率FIP打者
2019年マリナーズ3232161.75.4616.1%6.9%5.71721
2020年マリナーズ9947.05.1724.2%10.3%3.30194
2021年マリナーズ2929157.04.4124.5%9.3%4.61666
2022年ブルージェイズ3220100.75.1927.3%12.8%5.62454
2023年ブルージェイズ3232167.73.8625.9%6.9%4.12700
2024年アストロズ3232175.74.0528.0%6.0%3.46736
2025年エンゼルス3333178.33.9922.5%9.6%4.23772
2026年エンゼルス7731.05.8123.2%9.9%3.68142

2024年はブルージェイズとアストロズの合算(2024年8月の移籍)。2020年(9登板)と2026年(7登板・故障による中断)は小標本。奪三振率・四球率は対戦打者あたり、FIPは正確値。

新人年(2019年)のFIP 5.71から、組み替えが定着して以降は4点前後かそれ以下の年が並ぶ(2020年3.30・2024年3.46・2026年3.68)

FIPは守備の影響を除き、三振・四球・本塁打から防御率を推定する指標で、低いほど良い

2026年は7登板の途中経過(4月29日に左肩の炎症で離脱)であり、各数字は暫定値

2020年は9登板(新型コロナ短縮シーズン)の小標本

データ:独自に集計・レギュラーシーズンのみ(菊池雄星)

figE:左がシーズン成績の累計表、右が防御率・FIP(左軸)と奪三振率・四球率(右軸)の推移。新人年から年を追って防御率とFIPが良化している。
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ただし、この表を読む際には一点留意が必要だ。2024年の成績はブルージェイズとアストロズの合算である(2024年8月の移籍期限でアストロズへ移籍した)。本拠地球場の特性も守備陣の質も両球団で異なるため、2024年の数字を、どちらか一方の環境で出した成績として扱うことはできない。あくまで「その年の菊池雄星という投手全体」の成績として参照されたい。あわせて、2020年と2026年は登板数の少ない小標本(2026年は故障による中断)であり、FIPが良いからといって確定した実力と読むことはできない。

球速には大きな変化が見られなかった。しかし球種配分とボールの軌道は毎年変わり続け、リリースポイントだけがそろい続けている。渡米8年目のこのシーズンに見せたスプリットは、彼が新たに取り組んでいた最新の球種だった。それが何を意味するのかは、まだ答えが出ていない。ただ少なくとも、この投手が8年にわたりMLBの打者と向き合うための組み立てを模索し続けてきたことだけは、データが静かに証明している。